フラットであること

 

こんにちは
だいぶ暖かくなり、アウターがいらない日も増えてきましたね。春の訪れを感じます。

今日は、「フラットであること」について、私の経験談を交えて書いてみたいと思います。

「フラットだよね」と言ってもらうことがあります。
でも正直に言うと、もともとそういう「性格」というよりも、意識してきた「姿勢」に近いものです。

本来は、涙もろくてよく笑い、身近な人とはふざけていたいタイプ。感情もわりと出るほうです。

だからこそ、人と向き合うときは、あえて一歩引いて見ることを選んできました。

フラットでいよう、と自分の中で決めてきたような感覚です。

失敗から学んだこと

きっかけは、まだ子どもの頃のこと。
友人同士のトラブルで、私は一方の話だけを信じてしまい、大切な友人を傷つけてしまったことがありました。

あとから事実を知ったときの、あの居心地の悪さ。
自分の未熟さが、ただ恥ずかしかった。

自分を律する姿勢

それ以来、「表面的な話だけで決めつけるのはやめよう」と、自分を律してきたところがあります。

誰かと誰かの間に立つときは、すぐに判断しない。
自分が何かを言われても、一度置いてから考える。

人の話を聴く仕事に惹かれたのも、きっとその延長です。

起業後の評価

起業後も、この姿勢は評価されることがありました。
「この人と一緒に進めたい」

あるプロジェクトメンバーに選んでもらった理由の一つは、この「決めつけないフラットな姿勢」への信頼だと言われたこともありました。

キャリア支援で大切にしていること

キャリア支援の現場でも、「決めつけないこと」を大切にしています。

相談に来てくださる方は、すでにたくさんの言葉を受け取っています。

「もったいないよ」
「今は我慢の時期だよ」
「転職したほうがいい」

どれも正論に見えて、でもどこかしっくりこない。

だから私は、相手の話を、その人の目線で見ていきます。

「この人は、どんな景色を見ているんだろう」
「どんな気持ちで、その言葉を選んでいるんだろう」

これまで欠かさず続けてきたのは、その人の物語を一緒に辿ることでした。

フラットであること

フラットであること。

それは、誰かの物語を、その人の目線で見るための姿勢。
そして、自分の物語も大切にするための姿勢でもあります。

フラットであることは、単に揺れないことではなく、揺れながらも、自分と相手の物語を大切にし続けること。

これからも、その姿勢を選び続けていきたいと思います。